金曜の夜、駅前の居酒屋の座敷。うちの交流イベントが終わったあとの二次会で、麻衣さん(29歳)がスマホをこちらに向けてきた。トーク画面。既読がついたまま、四日。
「これ、どう思いますか」
相手は三ヶ月前のイベントで知り合った男性。会えば三時間しゃべるし、次の約束も向こうから出してくる。なのに連絡は遅い。好きとも言わない。何を考えてるのか、さっぱり見えない。
社会人サークルをやってきて、女性側の恋愛の悩みで多かったのが、読めない男性への戸惑いだった。けど読めない男性の心理を読み解こうとする作業は八割が徒労。読めないままでも関係は進む。むしろ読もうとしている間に、いちばん動くべき時期が過ぎていくんだよね。
つかみどころがない、の中身は一枚じゃない
同じ読めない男性でも、中で起きていることは全然違う。イベントに何度も来てくれる男性参加者と長く話してきて、だいたい四つに分かれるなと思ってる。
ひとつめ、防御が固いタイプ。初参加のとき、名札を胸に貼ったまま壁際で烏龍茶をずっと持ってた男性がいた。三回目の参加で、急に喋りだしたの。元カノから感情を全部否定された経験があって、それ以来、思ったことを口に出す前にいったん飲み込む癖がついたんだって。読めないんじゃない。開く順番が遅いだけ。
ふたつめ、意図してぼかしてるタイプ。これは正直、見ればわかる。イベント中に女性三人と連絡先を交換して、全員に同じ絵文字の量で返信してる人。曖昧さを保っておけば、選択肢が減らないからね。悪人じゃないけど、こっちが本気になると採算が合わない。
みっつめ、恋愛の電圧が低いタイプ。恋愛の話題だと生返事なのに、キャンプ道具の話になった瞬間、身を乗り出して四十分しゃべり続けた男性がいてさ。感情が薄いわけじゃないの。恋愛という回路にだけ電気が通ってない。
よっつめ、温度が低いタイプ。嫌いじゃない。一緒にいると楽。ただ、そこまでではない。いちばん残酷で、いちばん多い。
四つのどれなのかで、こっちの動き方が丸ごと変わる。だから特徴を三十個並べた診断より、この四分類のほうが使えるはず。
判定に使えるのは、この三つの場面
ずっと横で見てきて、けっこう当たると思ってる観察ポイントが三つある。
人数が増えたときの態度。二人だと優しいのに、五人になった瞬間こちらを見なくなる男性は、二人きりという密室でだけ成立する優しさを使ってる。逆に、大勢の中でもさりげなく飲み物を差し出してくる人は、防御が固いだけで気持ちは動いてる。
趣味の話を振ったときに、目の焦点が変わるか。防御型は、自分の領域の話になると急に流暢になるの。電圧が低い型も同じ。温度が低い型だけは、趣味の話でもテンションが上がらない。ここで一気に切り分けられる。
三つめが精度がいちばん高くて、予定を先に出してくるかどうか。次いつ空いてる? と毎回聞かれる関係と、来週の土曜、あの店の予約取っといたんだけど、と言われる関係。後者以外、実はほとんど進んでいません。
タイプが違えば、押す場所も違う
防御が固い人に必要なのは時間。二回目までの判断で切ると、いちばん惜しい取りこぼしになる。うちのイベントで最終的にカップルになった組を並べてみたら、四回目以降に距離が動いた組が半分近くあったの。焦らずに接触回数を積んだ側が勝ってる。
ぼかしてる人には、期限しか効かない。テクニックで振り向かせようとした参加者は全員、半年後も同じ位置にいた。曖昧なままで得をしてる相手に、曖昧さを解く動機はないからね。
電圧が低い人には、恋愛の言葉を使わないほうが通る。好きとか付き合うとかを一旦しまって、一緒に何をするかの話に寄せる。キャンプの人は、二人でテント設営の練習に行ったところから関係が動いた。
温度が低い人。ここは言い切る。何をしても変わりません。
四つの中で、こちらの工夫が結果を変えられるのは、ほぼ最初の一つだけ。残りの三つは、判断を早くするほど傷が浅い。
二人きりを急ぐと、たいてい失速する
イベント運営をしていて何度も見た失敗が、これ。連絡先を交換した翌週に一対一の食事へ持ち込む流れ。読める相手なら成立する。読めない相手だと、密室の圧が強すぎて防御が上がる。
うまく進んでいた組は、グループでの接触を二、三回はさんでた。四人で映画に行く、五人でボードゲームカフェへ流れる。そういう場だと、防御型の男性でも自分から動くの。荷物を持つ、席順を調整する、写真を撮る係を引き受ける。二人だと出てこない親切が、人の多い場ではぽろっと出てくる。
その姿を見てから一対一に進むと、彼の側に材料が溜まってる。ゼロから会話を作らなくていい状態って、想像以上に強い。
読もうとするほどハマる、あの仕組み
ここで心理学の話を少しだけ。
行動分析の分野では、報酬が毎回もらえる状況より、不定期にしかもらえない状況のほうが、その行動が消えにくくなることが知られてる。間欠強化と呼ばれる仕組み。返信がいつ来るかわからない相手に対して、なぜスマホを一日何十回も確認してしまうのか。あれは恋の深さじゃなくて、脳が不確実な報酬に対して起こす反応なの。
2011年にホワイトチャーチらが発表した研究では、自分に好意があると確定している相手より、好意があるかどうかわからない相手に対して、女性側の魅力評価が高く出た。読めない人が魅力的に見えるのは、あなたの目が確かだからじゃない。わからなさそのものが評価を持ち上げてる。
怖いのはここから。彼への気持ちなのか、答えが出ないことへの執着なのか、途中で境目が溶ける。麻衣さんに彼の好きなところを三つ挙げてもらったら、二つ目で止まった。三十秒くらい、沈黙。
あれ、私、何が好きなんだろ
そう言って、彼女は笑った。
効いていたのは駆け引きじゃなく、余白
読めない相手には焦らせろ、追わせろ、みたいな攻略法が世の中にあふれてる。実行した参加者を追いかけてきた限り、駆け引きの成功率は低い。関係が終わる引き金になってたケースのほうが目立つ。
理由は単純。防御が固い男性は、押されると引くけど、引かれても追ってこない。距離を詰めるための筋肉が、そもそも育ってないから。駆け引きって、追いかける体力のある相手にしか効かないんだよね。
効いていたのは、もっと地味なこと。消えないけど、迫らない。相手のために予定を空けて待つのをやめて、自分のスケジュールを先に埋める。
玲奈さん(31歳・仮名)は、日曜を丸ごと空けて連絡を待つ生活を半年続けてた。半年分の日曜、返ってこなかったんだって(泣)。それをやめて、日曜の午前に陶芸教室を入れた。翌月、彼から誘いが来たとき、日曜の午後なら空いてる、とだけ返した。
このひと通が人生でいちばん手が震えたやりとりだったらしい。指先がじっとり湿って、送信ボタンを三回押し直したって。
彼は午後に来た。三十分早く着いて、店の前で待ってた。
順番が入れ替わったのがわかるでしょ。空いてる時間を差し出す側から、空いてる時間を選ぶ側へ。読めない相手ほど、この一手が響く。
質問をやめた子が、いちばん距離を詰めた
さやかさん(26歳)がやったのは逆方向。相手の気持ちを探る質問を全部やめた。休みの日なにしてるの、どんな人がタイプなの、私のことどう思ってる。ぜんぶ封印。
代わりに、自分の話を薄く出し続けた。仕事で理不尽な指示を受けてトイレで五分だけ泣いた話とか。実家の母と揉めて三ヶ月連絡してない話とか。かっこよくない部分を先に開けたの。
三回目の食事で、彼が自分の家庭のことを三十分しゃべった。彼女が聞き役に回ったのは、それが初めて。
自己開示の返報性が働いてる。ただ、順番を間違えるとこれは機能しません。相手から引き出そうとして質問を重ねるのは、返報性じゃなくて取り調べ。防御型の男性は、取り調べの気配を感じた瞬間にシャッターを下ろす。ガシャン、って音がしそうなくらいはっきり下ろす。
自分の弱さを先に置くのは、こわいよね。でも彼のシャッターの鍵は、こっち側にしか付いてない。
返信速度を合わせる作戦、あれは一番やっちゃいけない
向こうが四日で返してくるなら、こっちも四日。この作戦をとった参加者、何人も見た。うまくいった人はいない。
読めない男性は、あなたの返信の遅さを試練として受け取らない。話が終わったと解釈して、静かに離れていく。冷えるスピードだけが上がるの。
自分のリズムで返せばいいと思う。二分で返したいなら返す。返信の速さで軽く見られることはないし、そこで軽く見てくる相手なら、この先どう工夫しても対等にはならないっしょ。
現場で何度も見た、やらないほうがいいこと
共通の知人経由で探りを入れるのは、やめたほうがいい。うちのサークルで三例、全部本人に伝わってた。狭いコミュニティで情報は必ず一周する。そのあと関係が戻った例はゼロ。
夜中に関係の定義を求めるメッセージ。あれ、送った本人がいちばん傷つく形で返ってくる。同じ問いを昼の対面で出したら、まったく違う答えになったケースをいくつも見てきた。文字と深夜は相性が悪すぎ。
SNSの更新を追いかける習慣も、こっちの判断力を削る。ストーリーの視聴履歴を三十分眺めた翌朝、目の下がぱんぱんになってた子がいてね。あれを見て、追跡は情報収集じゃなくて自傷なんだと思った。
気持ちを推測するのをやめて、行動の記録だけ見る
三ヶ月あれば足りる。判定に使うのは彼の気持ちじゃなく、記録。
会った回数のうち、向こうからの提案が何割あったか。彼の生活圏に一度でも入れてもらえたか。彼の予定表に、あなたの名前が入った未来の日付があるか。
数えると、たいてい輪郭が出る。麻衣さんの場合、四ヶ月で六回会っていて、うち向こうからの誘いが五回。ちゃんと多いの。ただ、家に呼ばれたことはないし、共通の友人にも紹介されていない。判定は保留のまま。彼女は保留を保留として抱えて、あと二ヶ月やってみることにした。
紹介という項目、軽く見られがちだけど侮れない。うちの参加者で最終的に結婚まで進んだ人たちに共通していたのが、相手の友人と会う場面が三ヶ月以内に来ていたこと。逆に、一年たっても誰にも会わせてもらえなかった関係は、私が知る限りひとつも残ってない。彼の口が重いことと、彼の人間関係の扉が閉じていることは、別の話として数えたほうがいい。
はぁ…と、あのとき彼女がついたため息。座敷の空気が少し重くなって、隣のテーブルの笑い声だけがやたら大きく聞こえた。
読めないまま終わらせた人の話
ひとみさん(34歳)は、一年半その関係を続けてた。読めない相手のことを考えていた期間、彼女は他のイベントに一度も顔を出さなかった。
やったのは、期限を決めることだけ。二月末までに関係の名前がつかなかったら終わりにする。彼には言わなかったの。宣言する期限は交渉になるけど、自分の中の期限は交渉されない。
二月末、名前はつかなかった。彼女は連絡を止めた。
三月のイベントで会ったとき、髪を肩の高さで切って、色も明るくしてた。前より二センチくらい背が伸びたみたいに見えたのは、たぶん姿勢の問題。
一年半、彼のことは最後まで読めなかった。読めないまま終わらせてもいい、っていう選択がちゃんと存在するからね。

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