受付を締めて会場に戻ったら、ドリンクコーナーの角に小さな人だかりができてた。中心にいたのは、その日いちばん静かに入ってきた男性。声が大きいわけじゃない。背が高いわけでもない。なのに女性が三人、体ごと彼のほうを向いてるんだよね。
いつのまに…
社会人向けの交流イベントでこの景色は数えきれないくらい見た。そして決まって翌週、参加者の誰かから連絡が来るの。彼ってあざといんでしょうか、って。
あざとい、の意味
抜け目がない、こざかしい、みたいな冷たい説明が並ぶ。近年は計算ずくで愛らしくふるまう様子を指すことがあり、その場合は必ずしも非難の意を含まない、言葉が真っ二つ。悪口としてのあざとさと、褒め言葉としてのあざとさ。
彼は誠実じゃないのか、それとも単にモテるのが上手なだけなのか。判定がつかないから、深夜にスマホを握ってる。天然との差は一点、計算があるかどうか。自分がどう見えるか知ってて動けばあざとさ、知らずに動けば天然。この線引き、現場で見てると全然きれいに引けないんだけどね。
会場のどこに立つかで、だいたいわかる
あざとい男性は入り口に立たない。例外がほとんどないの、これ。入り口付近は名刺交換モードの人が溜まって会話が浅くなる。彼らが陣取るのはドリンクコーナーの斜め横。飲み物を取りに来た人が必ず一度足を止める場所で、しかも相手が自分から近づいた形になるじゃん。追ってない。追わせてる。
三十代前半のRさんという常連さんがいてね。彼、女性の二人組にしか話しかけなかった。ひとりでいる女性のところには行かない。二人組なら会話が転がるし、片方が笑えばもう片方も警戒を解く。おまけに彼、先に目が合った子じゃなく、あとから合流した子を丁寧に扱ってた。最初の子の眉が、ほんの少し動く。その瞬間、テーブルの上に競争が生まれてるわけ。
褒め方の細かさもえぐい。かわいいね、なんて言わないの。ネイルの色を季節の名前で言い当てる。前回のイベントで着てた服の袖の形を覚えてる。三週間前に一度だけ出てきた飼い猫の名前を、なんでもない顔で呼ぶ。
そりゃ落ちるって…
LINEの温度差は、駆け引きじゃない
イベント後の相談でいちばん多いのがLINEの話。スクショを見せてもらう機会が本当に多くてさ。並べてみると、癖がびっくりするほど似てる。
深夜だけ饒舌になる。二十三時を過ぎたあたりから返信が長くなって、仕事の愚痴とか昔の話とか、急に開示が増えるの。翌朝は短文。この落差だけで、心臓がどくんと鳴る子がいる。
質問で終わらせるのも定番ね。会話が切れそうになると必ず問いを投げ返してくる。返さないと失礼な気がして、また打つ。会話は続くのに、会う日は決まらない。
そして既読スルーからの、何事もなかったような再開。四日後に「ごめん寝落ちしてた笑」で戻ってくる。責める言葉が喉まで出かかって、飲み込む。責めたら終わる気がするから。
ここは言い切るわ。この温度差、駆け引きじゃないの。優先順位がそのまま出てるだけ。
心理学に間欠強化という話があってね。報酬が毎回きちんと来るより、たまにしか来ないほうが行動が止まらなくなる。ハトがレバーを押し続けた実験で知られてるやつ。ランダムに届く優しさは、安定した優しさより人を縛る。彼が悪魔的な計算をしてるんじゃなくて、たまたま起きた不規則さが、あなたの脳を掴んじゃってる。
通知音のたびに肩が跳ねるようになったら、それはもう好きの範囲を越えてる。
本人に聞いたら、計算してないって言われた
打ち上げの帰り道、例のRさんに直接ぶつけたことがあるの。あれ狙ってやってるでしょ、って。
彼、缶コーヒーをカタッと置いて、しばらく黙ってた。それから、狙ってるつもりはない、嫌われないやり方しか知らないんだと言った。中学の頃にいじられ役で、笑わせるか気を利かせるかしないと居場所がなかったって。
現場で見てきた限り、あざとい男性は二種類いる。意図して女性の反応を操る人と、身についた生存術がたまたま恋愛でも刺さってしまう人。後者のほうが圧倒的に多い。そして厄介なのも後者。悪意がないぶん、こちらが傷ついたことを伝えても本気で理解されないから。
本命かどうかは、言葉じゃなく予定表に出る
判別したいなら、見る場所は三つだけ。
予定を先で押さえてくるか。今週末どう、じゃなくて、再来週の土曜あけといて、と言えるかどうか。本命には、他の予定に先回りして枠を取る。
自分の交友関係に入れるか。友達との飲みに連れていく、地元の話をする、家族の名前が出る。ここが開かないなら、あなたは彼の生活の外側にいる。
関係の名前を、彼のほうから決めようとするか。曖昧なままが心地いいのは、曖昧でも困らない側だけなんだよね。
三ヶ月。イベント参加者を追いかけてきて、この線がいちばん現実に合う。出会って三ヶ月経っても関係に名前がつかないなら、それは進行が遅いんじゃなくて、進める気がない。
わかってるのに離れられない
二年近く同じ人の話をしてくれた女性がいてね。Aさんという方。ある夜、カフェで彼女がぽろっとこぼしたの。あの人に選ばれたら、私にも価値があるって証明になる気がして。
そこなんだよなあ。
特別扱いされることを、自分の値札にしてしまうと、相手を降りられなくなる。彼から離れるのが怖いんじゃない。彼に選ばれなかった自分を見るのが怖い。だから振り回されてるのに、まだいける、まだ脈があると自分に言い聞かせる。
愛着の研究でも、不安が強いタイプほど曖昧な関係に留まりやすいと言われてる。白黒つかない苦しさより、はっきり否定される痛みのほうを避けてしまうから。
通知を切るところから
やることはまず即レスをやめる。読んでから一時間置く。それだけで、彼の連絡が本当に不規則なのか、自分が張りついてただけなのかが見えてくる。
次にカレンダーを彼以外の予定で埋める。空白があるほど、待ちが増えるの。土曜の午前を先に潰しておくと、返信の遅さがどうでもよくなる瞬間がふっと来る。
そして一度だけ、軽く聞く。重くしないのがコツね。私たちってどうなってるんだろ、くらいでいい。返答をはぐらかされたら、その反応こそが答え。
Aさんはその後、彼にはなにも告げずにイベントの受付を手伝う側に回った。半年ぶりに会ったとき、髪をばっさり切ってて、笑い方が違ってた。もう連絡見てないんです、と言ったときの声、思ったより軽かったなあ。

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