イベントの受付に立っていると、開始10分でわかる子がいる。
彼と来ているのに、ずっと彼のグラスの残量を見ている。空きそうになると、すっと腰を浮かせる。自分のドリンクは、まだ一口も減っていないのに。
そういう子の背中は、だいたい少し丸まっているんだよね。会話を聞いているようで、耳は彼の声だけを追っている。彼が笑えば笑い、彼がスマホを見れば、話しかけていいのかどうか、目だけがきょろきょろ動く。
もう何百組も見てきたけど、こういう気の使い方をしている子ほど、帰り際の顔がくたびれている。楽しかったはずのイベントで、なぜか消耗して帰っていく。その理由を、現場で拾った話をまじえながら書いていくね。
尽くしているのに、なんで疲れるんだろう
Aさん、26歳。事務職で、笑うと目がなくなる可愛い子だった。
彼女がイベントに来たのは、当時の彼氏とうまくいかなくて、気分を変えたかったから。受付でLINEの通知を確認して、既読がつかない画面を見て、口角がふっと下がる。その一瞬を、私は横で見ていた。
「返信、遅いと不安になっちゃって」
彼女は自分のことをそう説明した。彼の機嫌が悪そうな日は、送るスタンプの種類まで変えるらしい。怒らせないように。重いと思われないように。会いたいと言いたいのに、忙しい彼を気遣って、飲み込む。飲み込んで、飲み込んで、家に帰ってから枕に顔を埋める(泣)。
聞きながら、私は内心ちょっと苦しくなった。だってこれ、恋愛じゃなくて監視業務じゃん…って。
気を使うこと自体は、悪いことじゃない。相手の気持ちを想像できるのは、優しさだし才能でもある。ただAさんがやっていたのは、優しさというより、見捨てられないための必死の防衛だったんだよね。ここがすごく大事なところ。
彼女は彼を喜ばせたいんじゃなくて、彼に嫌われるのが怖かった。この二つ、似ているようで真逆なの。前者は自分から湧いてくる気持ち、後者はやらないと落ち着かない義務。義務でやる気遣いは、どれだけ相手が喜んでも、自分の中に何も残らない。むしろ削れていく。だから疲れる。
気を使いすぎる子がやりがちなこと
イベント現場で「あ、この子そうだな」と思うサインって、けっこう共通している。
飲み物や取り分けを、頼まれる前にやってしまう。相手の言葉尻から機嫌を読み取ろうとして、会話中ずっと表情筋がこわばっている。自分の話をふられても「私はいいから」と流して、相手に質問を返す。この三つがそろっている子は、まず間違いなく家に帰ってどっと疲れているタイプ。
あと地味に多いのが、沈黙を怖がるやつ。会話が途切れると、心臓がドッと鳴って、慌てて何か喋らなきゃって焦る。沈黙は相手が退屈しているサインだと思い込んでいるから。ほんとは、ただ二人が落ち着いているだけの時間かもしれないのにね。
自分に当てはまってドキッとした人、たぶん少なくない。でも大丈夫、これは性格の欠陥じゃなくて、身についてしまったクセだから。クセなら、ほどける。
なぜそこまで気を使ってしまうのか
ここで一歩、心理の話に踏み込ませて。
人が恋愛で相手の顔色をうかがいすぎてしまう背景には、愛着スタイルという考え方が関わっていることが多い。心理学者のジョン・ボウルビィが提唱した理論で、幼い頃に親との間で築いた関係のパターンが、大人になってからの恋愛にも影響するという話。
親の機嫌に振り回されて育った子は、相手の顔色を先読みする能力が異常に発達する。生き延びるために必要だったから。その子が大人になって恋愛をすると、無意識に同じことをやる。パートナーの小さな態度の変化を、レーダーみたいに拾ってしまうの。これを不安型の愛着と呼んだりする。
Aさんも、話しているうちにぽつりとこぼした。実家のお父さんが気分屋で、玄関のドアの閉まる音で今日の機嫌を判断していた、と。ドアがバンッと鳴った日は、息を殺して部屋にいたって。
そう思ったけど、口には出さなかった。ただ、彼女が彼のLINEに感じている恐怖と、子どもの頃に玄関で感じていた恐怖が、まったく同じ形をしていることには気づいてほしかった。
もうひとつ根っこにあるのが、自分への評価の低さ。ありのままの自分では愛されない、と心のどこかで思っているから、役に立つことでその穴を埋めようとする。尽くすことで、そばにいる資格を買っているような感覚。カウンセリングの現場でも、過剰な気遣いの奥にこの思い込みが隠れているケースは繰り返し報告されている。
尽くすほど、雑に扱われるという逆説
ここからは、炎上覚悟で言い切るね。
尽くせば尽くすほど、相手はあなたを雑に扱うようになる。これ、現場で嫌というほど見てきた。
Bさん、29歳。彼のために手料理を作り、シャツにアイロンをかけ、記念日は完璧に準備する。彼の友達の誕生日まで覚えていて、彼の代わりにプレゼントを選ぶ。傍から見たら完璧な彼女。
なのに彼は、彼女の誕生日を忘れた。しかも二年連続で。
Bさんがその話をした夜、彼女の指はずっとおしぼりを握りつぶしていた。ぎゅうっと絞られたおしぼりから、水がぽたぽた落ちていたのを覚えている。声は落ち着いていたのに、手だけが正直だった。
なんでこうなるか。人は、努力なしで手に入るものの価値を、勝手に下げてしまう生き物だから。心理学で希少性の原理と呼ばれるやつ。手に入りにくいものほど価値を感じて、いつでも手に入るものは当たり前になる。
Bさんは、何も要求しない完璧な彼女でいることで、自分を「いつでもそこにあるもの」にしてしまった。空気みたいに。空気って、なくなるまで誰も意識しないでしょ。
しかも尽くす側は、無意識に見返りを期待している。私がこれだけやったんだから、あなたも同じくらい大切にしてくれるよね、って。でも相手は、そんな契約に一度もサインしていない。だから期待は裏切られ、裏切られたぶんだけ、静かに恨みが溜まっていく。
尽くすことは、愛情の証明みたいに語られがちだけど、行き過ぎると相手から考える機会と動く機会を奪う。彼が誕生日を思い出さなくても、彼女が全部やってくれるから困らない。困らないから、覚えようとしない。優しさが、相手をどんどん鈍くさせるという皮肉。
疲れさせているのは気遣いじゃなくて、素を隠すこと
じゃあ、本当に消耗させている犯人は誰か。
気遣いそのものじゃない。素の自分を隠し続けていること、これが真犯人。
考えてみて。あなたがどれだけ相手に尽くして、相手が喜んでくれたとしても、それは「気を使っているあなた」に対する好意でしょ。本音を隠し、機嫌を取り、いい子でいるあなた。つまり、素のあなたはまだ一度も愛されていない。
Aさんがずっと満たされなかったのは、これだった。彼に好かれても好かれても、心の穴が埋まらない。だって彼が好きなのは、彼の前で演じている彼女であって、疲れて枕に顔を埋めている本当の彼女じゃないから。
演技で得た愛は、演技を続けないと消える恐怖とセットになっている。だから気を抜けない。24時間営業。そりゃ疲れるって。
素を出すのが怖いのはわかる。わがままだと思われたら、めんどくさい女だと思われたら、嫌われたら。その恐怖は本物。でもね、嫌われたくなくて自分を消し続けた先に待っているのは、誰にも本当の自分を知られないまま、二人でいるのに孤独、という状態なんだよね。
いい彼女をやめてみた人に起きたこと
Cさん、30代前半。彼女もかつては典型的な尽くしすぎタイプだった。デートの店選びも、当日の予定も、全部自分が仕切って、彼を楽させることが愛だと信じていた。
あるとき、私が何気なく聞いたの。「Cさんは、どこ行きたいの?」って。
彼女は数秒、固まった。それから小さく笑って、「わかんない…考えたことなかった」と言った。自分の行きたい場所を、本気で忘れていたの。長いこと相手優先で生きすぎて、自分の欲しいものを感じる回路が、錆びついていた。
そこから彼女は、小さな実験を始めた。彼に店を選んでもらう。行きたくない誘いは行きたくないと言う。疲れている日は、無理して明るく振る舞わずに「今日ちょっとしんどいから静かに過ごしたい」と伝える。
最初、彼は戸惑っていたらしい。今までなんでもやってくれた彼女が、急に注文を出してきたから。でも数ヶ月後、彼女から届いたメッセージにはこう書いてあった。
彼が、初めてサプライズでご飯に連れて行ってくれた、と。
尽くすのをやめた瞬間、相手に動く余白が生まれた。彼女が全部埋めていた空白に、彼が自分から何かを差し込む隙間ができた。人は、相手に大切にされたら大切にするんじゃなくて、相手を大切にすることで愛着が深まっていく。世話をされる側より、世話をする側のほうが情が湧く。Cさんは、彼にその役割を明け渡したんだよね。
わがままになったわけじゃない。ただ、自分もこの関係の中に存在していい、と自分に許可を出しただけ。それだけで、二人のバランスが変わった。
気を使いすぎをゆるめる、現場で効いた小さな一歩
じゃあ具体的にどうするか。壮大な決意はいらない。錆びた回路を、ちょっとずつ動かすだけでいい。
まず、相手の機嫌を先読みしてやってしまう手を、一回だけ止めてみる。グラスが空いても、すぐ立たない。相手が自分で気づくか、頼んでくるまで待つ。最初は落ち着かなくて、そわそわして手が勝手に動きそうになるけど、そこを我慢。相手を信じて任せる練習だと思って。
次に、店や予定を決めるとき「どっちでもいいよ」を封印する。これ、気遣いの顔をした自己放棄だから。和食と洋食、今日はどっちがいい?と聞かれたら、体に聞いてみる。胃が重そうなら和食。無理してでも合わせるんじゃなくて、自分の内側の声を一個ずつ拾い直していく。
それから、しんどい日にしんどいと言う。これがいちばん難しくて、いちばん効く。明るい自分しか見せてこなかった人には、恐怖でしかない。声が震えるかもしれない。でも、弱った自分を見せて、それでも隣にいてくれる相手なら、その人はあなたの演技じゃなく、あなた自身を選んでいる。そこで離れていく相手なら、早めにわかってよかったと思うしかないね。

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