金曜の夜、貸し切りにしたダイニングで乾杯の声がわっと上がって、グラスの氷がカラン、と鳴った。その音の輪のいちばん外側で、ひとりだけスマホの画面を見つめている子がいた。
あー、今日ちょっと無理してるな、この子
受付に立っていると、扉が開いた三秒でなんとなくわかるようになる。肩の位置、視線の落ち方、バッグの抱え方。笑ってはいるんだけど、口角だけが動いてて、目が笑ってない。Aさん会が始まって三十分、一度も顔を上げなかった。
あとで飲みながら聞いたら、来る前に友達に言われたんだって。そろそろ彼氏作りなよ、って。
その言葉、じわっと効くやつだよね。
悪気がないのはわかってる。心配してくれてるのも、たぶん本当。でもさ、あの一言を言われた日から、恋愛が急に宿題みたいになる。締め切りのある宿題。しかも自分では期限を決めてない、勝手に押しつけられたやつ。
友達の結婚式が続いた年とか、SNSを開けば誰かの入籍報告とか、親からのそろそろどうなのって電話とか。ひとつひとつは小さな石ころなんだけど、積もると地味に肩にくる。気づいたら、恋愛が楽しいものから、遅れを取り戻す作業みたいに変わってる。楽しくないよね、それ。
うちのサークルは社会人向けの飲み会や小旅行を月に何本か回してて、これまでに千人以上は見てきた。そのなかでずっと感じてるのは、彼氏作りなよって言葉に追われてる子ほど、目の前のチャンスを取りこぼすってこと。
焦りは、恋愛のセンサーを鈍らせる
欠乏を感じてる人間の視野って、驚くくらい狭くなる。行動経済学のセンドヒル・ムッライナタンたちが調べたトンネリングって現象があって、お金が足りない、時間が足りない、と切迫してる時、人は目の前の一点しか見えなくなるらしい。恋愛でも同じことが起きてるんじゃないかって、現場を見ていて思う。
彼氏がいない、早くしなきゃ。その焦りで頭がいっぱいになると、隣で自分に気を配ってくれてる男性の存在が、まるっとスコープから外れちゃう。
Aさんが、まさにそうだった。
その日、彼女の斜め向かいに座っていた男性が、さっきから何度も彼女のグラスを気にしてた。減ってくると、飲み物どうします?って声をかける。おかわりを頼んであげる。会話が途切れると、Aさんに話を振る。ほかの女性には、そこまでしてなかったんだよ。
差が、はっきり出てた。
でもAさん、ぜんぜん気づいてない。スマホをちらちら見ながら、早く時間過ぎないかなって顔をしてる。受付から眺めてて、こっちまで手のひらに汗にじんできた。(気づいて、そこ、そこだって!)
焦りって、こういう時にいちばん邪魔をする。目の前で点滅してるサインを、丸ごと素通りさせちゃうんだよね。
しかもこの状態、自分では気づきにくいのが怖いところ。本人は冷静なつもり。むしろ頑張ってるつもりなの。アプリを開いて、条件で絞って、いいねを送って。動いてる感だけはある。でも、目の前のリアルなひとりをじっくり見る余裕は、もうどこにも残ってない。手数だけ増えて、命中率はごりごり下がっていく。そういう空回り、何人も見てきた。
男性の脈ありは、優しさじゃなくて差に出る
ここで一回、はっきり言い切っておきたい。誰にでも優しい男は、脈ありのサインじゃない。
これ、勘違いしてる子がマジで多い。よく笑ってくれた、話をちゃんと聞いてくれた、それだけで舞い上がっちゃう。気持ちはわかる。わかるけどね、優しさが全方位に配られてるなら、それはその人の性格であって、あなた宛の矢印じゃない。
見るべきは、あなたに対してだけ態度が変わってるかどうか。ここだけ。
うちのイベントを何十回とやってきて、これは本物だなと思う脈ありは、だいたい体のほうに出る。まずは距離。話してるうちに、じりじり近づいてくる。席が自由に動けるタイプの会だと、気づいたら隣をキープしてたりする。二次会でも、なんとなく近くにいるんだよね。
つま先の向きも、けっこう正直。人の体って、興味のある方向に無意識でつま先が向くって言われてる。顔はみんなの方を見てても、つま先だけこっちを向いてる男性、意外といる。あれ見つけると、ちょっと笑っちゃう。バレてますよって。
質問の時制も見どころ。今日は楽しかったですねー、で終わる人と、次いつ空いてます?って未来の話を出してくる人。後者は、あなたとの続きを頭の中で組み立ててる証拠。
名前を呼ぶ回数も、地味なサイン。○○さんってどう思います?みたいに、会話のなかでわざわざ名前を挟んでくる。それ、あなたと個人的につながりたいって気持ちが漏れてるやつ。
軽くいじってくるのも、実はサインだったりする。○○さんってそういうとこありますよね、みたいに、ちょっとからかってくる。あれ、あなたに気を許してる合図なの。緊張してる相手を、人はいじれないからね。
自分のことを話し始めるかどうかも見てる。仕事の愚痴とか、地元の話とか、聞いてもいないのに勝手に自己開示してくる男性は、距離を詰めにきてる。自己開示には返報性があるって言われてて、あなたにも心を開いてほしいっていう無意識のサインだったりするんだよ。
地味に効くのが、記憶。前に一回しか言ってない小さいこと、猫飼ってるんですよねとか、辛いの苦手なんですとか、それを次に会った時にちゃんと覚えてる。人って、どうでもいい相手の情報はスルッと忘れるもんでしょ。覚えてるってことは、あなたの話をわざわざ持って帰ってるってことなんだよね。
解散後の連絡も、わかりやすいよ。社交辞令のありがとうございましたは、その日のうちに一通来て、そこで止まる。本気の子は、翌朝もふつうに会話が続いてる。昨日のお店またいきましょうよ、って次の予定に話がスルスル伸びていく。
会場での立ち位置にも出る。グループで動く会だと、なんだかんだ言って、あなたの近くに陣取ってるの。帰り道が同じ方向になった時の、あの足取りの軽さとかね。
視線が戻ってくるかどうかも、ずっと観察してる。ほかの人と喋ってても、ふとした瞬間にチラッとあなたを確認する。あの一瞬の目線、けっこう嘘つけないんだよねぇ。
全部を脈ありに見せる魔法、全部を脈なしに見せる呪い
厄介なのはさ、焦ってる時ほど誤読が増えること。
彼氏作りなよのプレッシャーで気持ちが逸ってると、人は両極端になる。目が合っただけで運命かもって突っ走るか、逆に、あんな素敵な人が私を好きになるわけないって、勝手にシャッターを下ろすか。
どっちも、相手をちゃんと見てない。自分の不安を、相手に貼り付けてるだけなんだよね。
わかりやすい誤読が、優しさの取り違え。幹事だから全員に気を配ってるだけの男性を、私に気があるって思い込んで突っ走る。で、あとで玉砕して、やっぱり私なんてってさらに自信をなくす。この負のループ、ほんとにもったいない。逆に、明らかにあなただけを見てる男性のサインを、気のせい気のせいって打ち消すのも、同じ穴のむじな。基準がぶれてるから、当たりも外れも見分けられなくなってるんだよ。
不安が強いと、優しくされること自体が怖くなる。裏があるんじゃないか、勘違いして恥をかくんじゃないか。その防衛が働いて、せっかく来てるサインを、自分の手で握りつぶしちゃう。カウンセリングの世界でも、自己肯定感の低さが恋愛の受け取り下手につながるって、わりと知られた話でもある。
彼氏は作るものじゃなくて、気づくもの
そろそろ、はっきりさせておくね。
彼氏、作らなくていい。
正確に言うと、作りなよっていう発想そのものを、一回まるっと手放していい。あの言い方って、女性を選ばれるのを待つ側に押し込めてるし、恋愛を意志の力で製造するタスクみたいに扱ってる。そもそも、なんであなたが作りにいく前提なの?って思う。恋愛は、片方が営業して契約を取るものじゃない。惹かれあう二人の、たまたまのタイミングでしょ。作りなよって言葉には、その偶然のロマンがまるっと抜け落ちてる。人の心は、気合いで量産できるものじゃないんだよ。工場じゃないんだから。
じゃあどうすればいいのって話だよね。難しいことは、ひとつもない。まず、自分がごきげんでいられる時間を増やすこと。好きなカフェでも、サウナでも、推しのライブでもいい。満たされてる人って、そばにいて呼吸が楽なんだよね。だから自然と人が寄ってくる。逆に、彼氏がいないと私には価値がないみたいな顔をしてると、その匂いって、けっこう伝わっちゃう。焦りって、滲むの。悲しいけど。
逆のパターンも、ちゃんと見てる。うちの料理イベントに来てたCさんは、恋愛にわりとゆるく構えてる子だった。彼氏欲しいーって口では言ってたけど、目が全然ギラついてない。その日、隣になった男性が、彼女の小皿にさりげなく取り分けてあげてたの。Cさん、あーありがとうございますーって受け取って、で、○○さんこれ好きなんですか?って自然に聞き返した。たったそれだけ。気負い、ゼロ。二人、今も続いてるよ。焦ってなかったから、来た球をふつうに打ち返せたんだよね。

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