打ち上げが終わって、終電まであと三十分。
居酒屋の前でみんなバラバラに解散したのに、ひとりだけ動かない子がいたんだよね。二十四歳のAさん。うちの社会人サークルには三回目の参加。
自販機の横で缶コーヒーを握ったまま、
「変なこと聞いてもいいですか?」
切り出したのは、付き合って二か月の彼の話だった。昼の彼は文句のつけようがないらしい。荷物はすっと持つし、疲れてない?ってこまめに確認してくる。声だって柔らかい。
夜になると、それが変わる。
目つきが据わる。声が一段下がる。手の力の入り方も違う。その数秒だけ、知らない男が部屋に入ってきたみたいに見えるんだって。
「怖いって思っちゃう私、おかしいですかね」
ホームに電車が滑り込む音がして、語尾が消えた。
おかしくないよ、同じ相談よくある。
その感覚、あなただけのものじゃない
うちのイベントに来てる女性に聞いた調査だと、彼氏を怖いと感じたことがある人は三割を超えてた。三人に一人。イベント会場でこっそり相談してくる子の数を思うと、実感としてはもっと多い気がするなあ。
怖いのは、彼の性欲そのものじゃない
彼女たちが怖がってるのは性欲じゃないの。もっと別のもの。イベント後の飲みで、酔いが回ってからぽろぽろ出てきた言葉を並べると、はっきりしてくる。
ひとつめ。目に自分が映ってない感じがする。
二十六歳のBさんはこう言ってた。「あの瞬間の彼、私の顔を見てるようで見てないんですよ」。誰でもよかったんじゃないかっていう疑いが、ざらっと喉に引っかかる。恋愛って、私だから選ばれたって思えることで成立してる部分があるじゃん。そこが一瞬ぐらつく。
ふたつめ。力の差が急に生々しくなる。
普段は意識しないでいられるんだよね。身長差も腕の太さも。それが、相手の理性のねじが一本ゆるんだ瞬間にだけ、ぞわっと立ち上がってくる。頭で考える前に体が察知してる。逃げられないな、って。
みっつめ。昼の優しさが疑わしくなる。
これがいちばんきついやつ。もし夜のほうが素なら、昼のあれは何だったの?という話になる。ドアを開けるために積み上げられた優しさだったのかもって思い始めると、二か月分の思い出が一気に色を失う。
よっつめ。断れない自分にムカつく。
嫌がったら空気が悪くなる。明日から連絡が減るかもしれない。だから受け入れる。受け入れた自分を、シャワーを浴びながら嫌いになる。これを繰り返してると、自尊心って本当に削れていくんだよ。
ギャップ萌えで処理しろって風潮、乗らなくていい
普段クールな彼が夜だけ豹変、それが最高、みたいな言説。あるよね。
あれ、当事者にはまったく効かない。
炎上覚悟で言うけど、怖いと感じた自分の感覚を、萌えに変換して飲み込む必要はないと思ってる。恐怖は防犯ブザーみたいなもので、鳴ってる音を可愛いって言い張っても、鳴ってる事実は消えないんだよね。
うちのイベントで五年、たぶん四百人以上の恋愛相談を横で聞いてきた。そのなかで、怖さを無理やり萌えに書き換えた子で、半年後に幸せそうだった子はひとりもいなかった。ひとりも。
かといって、怖い=別れろでもない。
切り替え型と二面性型、まったく別物だから
夜に変わる男には、二種類いる。
切り替え型は、単純にスイッチが入ってるだけ。恋人の前でだけ出る顔があって、それは信頼の裏返しでもある。会社では絶対見せない顔を見せられてるって考えると、まあ、そういうこと。
二面性型は違う。昼の顔が手段で、夜の顔が目的になってる。優しさの投資に対してリターンを回収しにきてる状態。
見た目はほとんど同じなの。目が据わるのも、声が低くなるのも、両方に起きる。だから昼と夜の落差の大きさで判別しようとすると、まず失敗する。
決着がつくのは、終わったあと
切り替え型は、終わった瞬間に元に戻る。ぱたっと。水を持ってきたり、髪を直したり、変な冗談を言ったり。あなたの顔をちゃんと見る。少し照れてたりもする。要は、行為の前と後で人格の連続性がある。
二面性型は戻らない。
背中を向けてスマホを触り始める。無言でシャワーに立つ。もしくは戻るんだけど、戻り方が不自然すぎて演技くさい。あなたが何か言いかけたのに、聞き返さない。
二十九歳のCさんが言ってたのは、こう。「終わった後に、私が透明人間になるんです」。
もうひとつの判定材料があって、それは断ったときの反応。
嫌だと伝えたときに、素直に引く。理由をしつこく聞かない。翌日ひきずらない。この三つが揃ってたら切り替え型でいい。逆に、拗ねる、黙り込む、体調のせいにする、優しさを引っ込める。こういう反応が出たら、昼の優しさには条件がついてたことになる。
条件つきの優しさは、優しさじゃないよ。
我慢を選んだ子が、一年後にどうなったか
Dさん、当時二十三歳。
彼女は言わない道を選んだ。彼のことは好きだったし、波風を立てたくなかったから。目を閉じてやり過ごす技術がどんどん上手くなっていったって笑ってた。(笑ってたけど、目は笑ってなかったな…)
一年後、うちの秋のイベントで再会したとき、別人みたいに痩せてた。
彼とはまだ続いてた。ただ、彼女は自分の予定を彼に合わせるのをやめられなくなってて、友達との約束を先にキャンセルする癖がついてた。断らない練習を一年やった結果が、それ。
夜だけの我慢って、夜だけで終わらないんだよね。
嫌だと言わない筋肉が落ちると、昼にも言えなくなる。そこが本当に厄介なところ。
伝えた子のほうは、わりとあっさり片付いた
Aさんはあの日の帰り道で伝えたのは、行為の最中に言うのだけはやめときな、ってことだった。あの場面で出てくる言葉は、どっちにとっても刃物になる。
彼女が選んだのは、休日の昼、カフェで、めちゃくちゃ普通のトーンで言うこと。
「夜のあなたの目、たまにちょっと怖くなるときがあってさ」
彼、フリーズしたらしい。カップを持つ手が止まって、それから、ごめんって言った。自覚がなかったって。しばらく黙って、じゃあどうしたらいい?って聞いてきたって。
はぁ…よかった。報告のLINEを読んだとき、肩から力が抜けた。
その後ふたりが決めたのは、部屋を真っ暗にしないことと、彼が先に一言かけること。それだけ。たったそれだけで彼女の恐怖はほぼ消えた。
ここで大事なのは、解決策の中身じゃない。彼が動揺したこと、謝ったこと、聞き返してきたこと。反応そのものが答えだったんだよね。
伝えるのって、要望を通す作業じゃなくて、相手の器を測る作業でもあるんだよ。

コメント