三次会のあと、雑居ビルの非常階段。ヒールを片方脱いだまま座り込んでる子がいた。うちのイベントの参加者。その日はずっと声を出して笑ってたのに。
「決め手に欠けるって、言われたんです」
蛍光灯がジジッと鳴った。彼女はそれ以上なにも言わなかったし、私も聞かなかった。
社会人向けのイベントサークルで恋愛相談所じゃないのに、打ち上げの終盤でこれを聞かされた回数は、もう数えられないんだよね。
決め手なんて、最初から存在してない
うちのイベントには既婚のスタッフも入る。飲みながら何度も聞いてきた。奥さんに決めた理由って何、と。
返ってくる答えが、びっくりするくらい薄い。
なんか、気づいたら。部屋の合鍵を渡してたから。親が入院したとき病院まで来てくれて、それで…かなあ、と語尾を濁す人。
後付けじゃんね、それ。
うん、後付けなの。決断が先にあって、理由は後ろから小走りでついてくる。順番が完全に逆さま。既婚男性が語る決め手というやつは、決めたあとに自分を納得させるため編集された物語であって、決める前からピカピカ光ってた何かじゃない。
心理学でいう選択支持バイアスに近い現象。選んだあと、その選択の良かった部分だけを大きく思い出すクセ。契約した瞬間から自分の車だけ格好よく見えてくる、あれと同じ。相手選びでも普通に起きます。
存在しないものが足りない、と言われている。まずそこを掴んでほしい。
彼は加点表じゃなく、減点表を見てる
決め手に欠けると口にする男の頭の中では、あなたの良いところが集計されてない。集計されてるのは、結婚で失うもののほう。自由な週末、貯金、ひとりの部屋、まだ見てない選択肢。
行動経済学に有名な実験があってさ。画面の中の扉を選んでお金を稼ぐゲームで、しばらく使わない扉は縮んで消えるルールにする。すると被験者は、割の悪い扉をわざわざクリックして生き延びさせる。損してでも、選択肢を残そうとするわけ。
これ、恋愛でめちゃくちゃ見る。彼女がいるのに合コンの誘いを断らない男。婚活アプリを消さない男。ぜんぶ、消えかけの扉を押しに行ってるだけ。
だから決め手に欠けるという発言は、あなたへの評価というより、扉を閉じたくない人間の悲鳴に近いことがある。
あの一言の行き先は、三つに割れる
ひとつめ、本当に評価が落ちているケース。現場感覚だと、これがいちばん少ない。
ふたつめ、自分の中の不安が言葉にならなくて、手近にあった便利な表現を借りているケース。圧倒的にこれ。仕事が不安定、貯金がない、親と揉めてる、責任がこわい。全部、彼女の欠点じゃなく彼の事情。そのまま口に出すのは格好悪いから、決め手に欠ける、という言い方に変換される。責任の所在がこっち側にスライドするからね。うまくできた言葉だわ、ほんとに。
みっつめ、もう終わらせたい人が、優しい顔で予告しているケース。
三十二歳の女性の話。五年付き合った相手に言われて、そこから半年、彼女は全力で走った。料理教室に通い出して、髪を伸ばして、彼の実家に手土産を持って通った。イベントに来るたびスマホの写真フォルダを見せてくれた。作り置きのおかずが、タッパーの中にきれいに並んでる。
半年後、彼は別の人と入籍しました。
彼女が積み上げたものは、彼の中の何ひとつ動かさなかった。動かなかったというより、そもそも配線がつながってなかった。理由が彼女の側になかったから。
こっちに原因があるかどうかは、一点で見分く
彼が具体的な事実を言えるかどうか。判定材料はこれだけ。
金銭感覚が合わない、休みの日に家から出ない、母親との距離が近すぎる。こういう固有名詞つきの話が出てくるなら、こっち側に実在する何かがある。
対して、なんとなく、ピンとこない、まだ自信が持てない。抽象語だけが並ぶなら、それは彼の内側の話。あなたを見て喋ってない。
ここで大事なのは、実在する何かが見つかっても、彼に選ばれるために直すんじゃないってこと。休日に家から出ないのが自分でも嫌なら変えればいいし、別に困ってないなら放っておけばいい。判定者を彼にした瞬間、あなたは永遠に査定台の上。
言われた直後、やっちゃだめなこと
まず、なんで、を連打すること。
なんで決められないの、なんで五年も付き合ったの、なんで今ごろ。気持ちは痛いほど分かる。ただ詰めれば詰めるほど、男は貝になっていく。答えを持ってない場所に質問をぶつけられてるから、逃げる以外の手がないんだよ。翌週から返信が半日遅れになって、そのままフェードアウト。何度も見た。
つぎに、自分を作り変えにいくこと。さっきのタッパーの子がそれ。
最後に、聞かなかったことにして笑うこと。これがいちばん静かに効いてくる。あの日から一年半、話題に出せないまま同棲を続けてた子がいた。イベントの帰り道、駅のホームで言われた一言が忘れられない。もう怖くて聞けないんですよね、と。喉のあたりを何度もさすりながら喋ってた。はぁ…あれはきつかった。
代わりに投げる、たった一つの質問
言われた日から数日以内。人のいない、静かな場所で、こう聞く。
「決め手がないって、私に何か足りないってこと。それとも、いま決めるのが怖いってこと」
二択にするのがコツ。逃げ場がなくなるからね。
足りない、と答えたなら具体を言わせる。何が、どうなれば、いつまでに。ここで彼がちゃんと喋れるなら関係はまだ生きてる。
怖い、と答えたなら掘る。金なのか、仕事なのか、親なのか。当たりが出た瞬間、話は一気に進みます。
二十九歳の子がこれをやった。彼、三十秒くらい黙って天井を見てたらしい。それから、ごめん、分からない、と。彼女はその夜のうちに決めた。三十秒答えられない人と、この先の四十年を組み立てるのは無理だと。
逆のパターンもあります。三十一歳の女性。同じ問いを投げたら、彼が転職したばかりで貯金が二十万しかないことをぼそぼそ吐き出した。それを言えないまま、決め手に欠ける、で誤魔化してたわけ。彼女が家計簿アプリを開いて画面を彼の方に向けた瞬間、肩がすとんと落ちて、そのままぽろぽろ泣き出した。入籍は三ヶ月後。
同じ質問で、結果は正反対。どちらも共通してるのは、止まってた時計がその夜から動いたこと。
待っていい期間の話
言われてから一年以上、彼の側に何の動きもなくて、それでも結婚まで行った人を、私は一人も知らない。
動きというのは指輪でも式場でもなくていい。彼の口から数字が出るかどうか。年内に親に会わせたい、来年の三月まで待ってほしい、貯金があと五十万貯まったら。数字の出てこない期間が一年を越えたら、その関係はもう恋愛じゃなくて習慣になってる。
だから期限を切る。彼を裁くためじゃなく、自分の時間を回収するために。
伝え方は、責めない。宣言する。主語を全部こっちに寄せる。
「私は三十四歳までに子どもを考えたいから、来年の春までに答えがほしい」
彼が悪い、という構文をひとつも混ぜない。これだけで修羅場を回避して、期限だけが残せる。うちの参加者でこの言い方をした人のうち、七割くらいは何かしらの返事を持ち帰ってきてます。イエスばかりじゃないけどさ。
返ってこないのも、返事なんだよね。

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