十二月に入ってすぐの土曜だった。うちのサークルの飲み会で、隅っこにいた女の子がずっとスマホを伏せてた。窓の外でイルミネーションがチカチカ光ってて、店内はやたら賑やか。なのに彼女の周りだけ、空気が凍りついてた。三日前に振られたばかりなんだって、あとで隣の子がこっそり教えてくれた。付き合って一年、来週ディズニーの約束をしてたらしい。(
毎年ね、必ず見るの。この光景を。十一月の終わりから十二月アタマ。ここに差しかかると、別れましたっていう連絡が急に増える。
サークルを何年も回してきて、別れ話のタイミングに妙な偏りがあるのが見えてきた。誕生日の直前、記念日の直前、そしてこの季節。ぜんぶ共通点がある。相手のためにちゃんとお金と時間を使う日が、目の前に迫ってるってこと。プレゼントを選んで、店を押さえて、丸一日その人だけに空ける。その準備をしようとした矢先、ふと手が止まる人がいる。この人に、そこまでするんだっけ?って。
去年もいたんだよね。彼氏の連絡がやたら素っ気なくなった、って相談してきた子。十一月の半ばくらいから、忙しいの一点張りで会えない。ただ仕事が繁忙期ってわけでもなさそう。話を聞いてるうちに、あぁこれは、と察しがついた。彼はたぶん、クリスマスに向けて動くのが億劫で、無意識にブレーキを踏んでる。案の定、その子はイブの一週間前に切り出された。忙しいは、逃げ支度の合図だったってこと。
心理学に埋没費用、サンクコストって考え方があるけど、恋愛ではその逆が牙をむくことがある。まだ払ってないコストが大きく見えたとき、人は関係そのものを天秤にのせ始める。イルミネーションの下を並んで歩く自分たちを想像して、隣の顔がしっくりこなかったら?もう答えなんて、半分出ちゃってるようなもの。
カレンダーって、わりと残酷なんだ。ふだんは曖昧なままにしておける気持ちを、無理やり数字で突きつけてくる。この人とクリスマスを過ごしたい?年を越したい?この問いから逃げられない一週間が、十二月にはあらかじめ仕込まれてる。だから、迷ってた人ほど、ここで決断させられちゃう。
面白いのが、記念日をきっちり祝ってきたカップルほど、この時期の空気に弱いってこと。毎月の記念日をお祝いして、去年のクリスマスはあそこ行って、っていう積み重ねが、逆にハードルを吊り上げる。今年はそれを超えなきゃ、が肩にのしかかる。イベントを大事にしてきた分だけ、イベントで試される。皮肉だよねぇ。
もう一個ある。この時期って、街も職場もSNSも、カップルの幸せそうな気配でパンパンになるでしょ。それまでは見て見ぬふりできてた小さな不満が、周りと並べた瞬間にザワザワ膨らんでくる。彼のこういうところ、本当は限界だったのかも。気づかないままでよかったことに、気づかされる季節でもあるの。
年末という区切りも効いてる。別れるなら年内に、新しい年はまっさらな気持ちで迎えたい。この感覚、意外と多くの人が無自覚に握りしめてる。お正月とか年賀状とか、リセットの記号が並んでるからかもしれないね。
振られた側が本当にきついのは、クリスマスの予定がふいになったことじゃないの。もっと深いところ。一番いい時期に、私は選ばれなかったっていう感覚。
さっきの女の子、少し落ち着いた頃にぽつっとこぼした。私って、ちょうどいい相手だっただけなのかな、って。声が掠れてた。本命が現れるまでの、つなぎ。イベントを埋めるためのキープ。そんなふうに思えてくると、失恋を通り越して、人としての値打ちを値切られたみたいな気持ちになる。ここがいちばん、こたえる。
ただね、キープにされてた、って思い込んでる子ほど、実際は相手が本気で悩んだ末に別れてたりする。振った側とあとで話すと、ぜんぜん軽い気持ちじゃなかったケースが多い。振られた側には、それが見えないだけ。見えないから、いちばん惨めな解釈を選んで、自分を殴っちゃう。その拳、止めていいんだよ。
その裏にはもう一つ、見落とされがちな喪失がある。振られたその日に失うのは、相手だけじゃない。頭の中でもう組み立て始めてた、二人で過ごすクリスマスの絵。あの店に行って、あれを渡して、こんな一日になるはず、っていう物語ごと消える。人を失う痛みと、思い描いた未来を失う痛み。この二つが同時に来るから、余計に立ってられなくなるの。
そのうえ、この季節の別れには、周りへの説明までくっついてくる。年末年始で友達に会えば近況を聞かれる。実家に帰れば親に探りを入れられる。ひとりで抱えるだけでも精一杯なのに、外から何度もかさぶたを剥がされる。傷が乾く暇をくれないのが、この季節の別れの重さなんだよね。
ちなみに、振る側も無傷ってわけじゃないんだよね。うちのサークルには、切り出した側だってやってくる。クリスマス前に別れを告げた男の子が、年明けにひとりで顔を出して、ずっと氷入りのグラスを回してた。カラン、カランって、それだけ鳴らして。後悔してるとは一言も言わなかったけど、あの音が全部代弁してた気がする。罪悪感って、時間差でじわっと効いてくるものだから。
じゃあ、振られた側はこの数日をどう越えるか。越え方の前に、傷口を広げちゃう地雷を外すのが先。
地雷なのが、すがる長文LINE。送った直後だけは、言いたいことを吐き出してスッキリする。問題はそのあと。既読がつかない画面をひたすら見つめる時間が、待てば待つほど自分を追い込んでいく。サークルで、送っちゃった、って真っ青な顔で報告してきた子がいたけど、悔やんでたのはメッセージの中身より、返信を待ってる自分の惨めさのほうだった。
次にやりがちなのが、匂わせの病みポスト。心配してくれるリプがつく一瞬は、ちょっと満たされる。ただ、元カレが見てるかもって思い始めると、投稿するたび監視カメラを自分で設置してるようなもの。夜中にスマホの光を浴びながら、通知が来ないか確かめて、また落ちる。この無限ループから抜け出すのが、やっかいなの。
いちばん見かけるのが、衝動で始めるマッチングアプリ。寂しさを埋めようと、その日のうちに知らない人と会いにいく子、これまで何人も見送ってきた。ところが、間に合わせで会った相手と比べちゃって、逆に前の人が良く見えてくる。埋めようとした穴が、もっと深く掘れちゃうやつ。
そのうえで、この数日の過ごし方。まず、SNSは見ない。これは鉄則にしていい。カップルの投稿が流れてくるたび、傷が浅く広く抉られていくから。指が勝手にアプリを開く癖があるなら、通知を切る、アイコンをフォルダの奥に沈める、そのくらい物理でやったほうがいい。意志じゃなくて、環境で止めるの。
次に、予定を先に埋める。イブと当日を、空白のまま迎えないこと。ぽっかり空いた時間って、頭の中で思い出をぐるぐる巻き戻す再生装置になっちゃうから。友達とごはんでもいい、実家に帰るのもいい、前から気になってた展示に足を運ぶのもいい。ただ、人と会うのがしんどいなら、会わなくて大丈夫。一人の過ごし方にも、いくつも種類があるの。
とことん休みたいタイプは、その日を自分を甘やかすためだけの日にしちゃえばいい。とっておきの入浴剤、積んだままの本、普段は罪悪感で頼まないデリバリー。傷ついた日に生産性なんていらない。ベッドの中でぐしゃぐしゃに丸まってても、それだって回復の途中だから。
人の温度がほしいタイプなら、事情を知ってる友達に連絡してみて。恋バナじゃなくていいの。ただ隣で一緒に笑ってられる相手がいるだけで、締まってた喉がすっとほどけることがある。うちのサークルにも、失恋した直後に来て、恋の話なんて一切しないで爆笑して帰っていく子、けっこういるんだよ。
没頭したいタイプは、手と頭が忙しくなる何かに逃げ込むのが効く。走る、部屋を全部模様替えする、ずっと後回しにしてた勉強を始める。動いてる間だけ、思考がぴたっと止まる。その静けさが、今はごほうびになる。
実際、あの失恋が転機だった、みたいな子は少なくない。うちのサークルに、クリスマス直前に振られて、そのままの勢いで一人旅のチケットを取った子がいた。年末を知らない街で過ごして、帰ってきた頃には別人みたいにサバサバしてた。逃げの旅じゃなくて、自分の時間を取り戻す旅。ひとりのイベントを、誰かの代わりで埋めるんじゃなく、自分のために使い切ったとき、人ってちょっと強くなる。
立ち直りって、一直線には進まないからね。今日は平気だったのに、翌朝なにげない拍子にまた底に沈む。この波は、おかしいことでもなんでもない。むしろ順番どおり。サークルでも、先週は笑ってたのに今日は目が赤い、なんて子はざらにいる。まっすぐ元気になっていく人のほうが、あとで反動にやられたりするから、ジグザグでちょうどいいの。
喪失からの回復には段階がある、ってカウンセリングの現場ではよく語られてる。信じられない時期、怒りがわく時期、なんであの時こうしなかったんだって自分を責める時期、そして少しずつ受け入れていく流れ。今どこにいたって、飛ばさなくていいし、進んだのに逆戻りしたって構わない。焦って前を向こうとすると、かえってこじれるから。
どれくらいで戻れるの?ってよく聞かれる。正直、バラつきがすごい。ただ、サークルでたくさん見てきた体感だと、顔つきが変わり始めるのは三ヶ月から半年あたり。急に垢抜けたり、笑い方が前の感じに戻ったり。誰かをまた好きになれる余白が、そのくらいでゆっくり戻ってくる。だから今、なんにも感じられなくたって、壊れたわけじゃない。ただ電池が切れてるだけなんだよ。
年末年始も、地味に関門だよね。親戚が集まって、彼氏は?結婚は?なんて無邪気に聞いてくる。あれ、悪気がないぶんタチが悪いの。かわすための一言を、今のうちに一個だけ用意しておくと、当日ずいぶん楽になる。今は仕事が楽しくて、で十分。洗いざらい正直に話す義務なんて、こっちには一ミリもないんだから。
お正月にひとりでいることを、負けみたいに感じなくていいからね。初詣は自分の願いごとだけのために手を合わせられるし、おせちは好きなものから食べればいい。誰にも合わせなくていい時間って、慣れると案外わるくないのよね。

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