イベントの受付に立っていたら、ひとりの女性がスマホをぎゅっと握ったまま固まっていた。既読がついてから三時間、返信が来ないらしい。
「もう、疲れちゃって」
その声に、これまで会場で会ってきた何人もの顔がぶわっと重なる。社会人サークルを回していると、恋の話は毎回どこかからこぼれ落ちてくるんだよね。楽しそうに笑ってる人の半分くらいは、裏でこの重たさをそっと抱えてる。
疲れの正体は「恋」じゃなくて「自己否定」だった
なんでこんなにしんどいのか。返信が来ない。目が合わない。忙しいからと軽く流される。そのたびに頭の奥で小さな声がするでしょ。わたし、選ばれるほどの人間じゃないのかも。この声こそが、じわじわと体力を削っていく犯人なんだよね。
イベントで知り合った二十代後半の彼女も、まさにそれだった。相手の既読がつく速さで、その日の自分の機嫌が決まる。オンライン表示が灯った瞬間にスマホを覗きに行く。返信が遅れると、自分のどこがいけなかったのか夜中まで探し続けてしまう。恋をしているというより、終わらないテストを受け続けている顔をしていた。
もうひとつ、疲れを増やすのが宙ぶらりんの時間。告白するでも、諦めるでも、静かに待つでもない。どれも選べないまま、今日もまた一日が過ぎる。この状態が心をいちばん摩耗させる。人間の脳って、答えの出ない問いをずっと開いたままにしておくのが、本当に苦手にできてるから。
考えたくないのに考えてしまう。この自分でハンドルを握れない感覚も、地味に効いてくる。好きという気持ちが、いつの間にか義務みたいに肩へのしかかってくるんだ。
まず、相手を考えない時間を物理的にこじ開ける
しんどい時ほど、頭の中は相手でいっぱいになる。ぐるぐる、ぐるぐる。考えないようにしようとするほど、映像は鮮明に浮かんでくるでしょ。これは意志が弱いんじゃなくて、ただの脳の仕組み。だから根性で止めにかかっても、まず勝てないんだよね。
効くのは、考える隙間を別の何かで物理的に埋めること。汗だくになる運動でいい。無心で手を動かす料理でもいい。会場を見ていると、立ち直りが早い人はたいてい体を使う何かを持ってた。ランニング、サウナ、ボルダリング。理屈をこねる前に、体が疲れると頭のノイズは自然と薄れていく。
紙に書き出すのも、地味なのに侮れない一手。頭の中でこねくり回してる不安を、そのまま文字にして外へ出してみる。可視化された途端、あれだけ大きかった悩みが意外とちっぽけに見えてきたりするから不思議なもんで。
それでも溢れてくる時は、信頼できる人に話す。ただし相手は選んでほしいところ。焚きつけて煽ってくる友達より、余計な口を挟まず静かに聞いてくれる人がいい。話しているうちに、自分が本当はどうしたいのか、ぼんやり見えてくることがある。
無理に「忘れよう」とするほど、逆に忘れられなくなる
忘れようと必死に努力するほど、その人は頭のど真ん中に居座り続ける。
シロクマのことだけは絶対に考えるな、と念を押された人ほど、シロクマが頭から離れなくなる。心理学でよく知られた実験の話だけど、恋でも同じことがまるっと起きるんだ。忘れるという行為は、その対象を毎回わざわざ思い出す作業とセットになってるから。踏むほど沈む底なし沼、みたいなもの。
だから目指す先は、忘れることじゃない。思い出す回数が、気づいたら減っていた、という状態をつくること。力ずくで消そうとするんじゃなくて、そっと距離を置いて、あとは時間に薄めてもらう。この順番を取り違えると、いつまでも同じ場所で足踏みすることになる。
SNSとLINE、この二つを整えるだけで景色が変わる
手放すって、気持ちの問題みたいに聞こえるけど、実際は環境の問題だったりする。心を無理やり変えにいくより、目に入ってくる情報を先に変えるほうが、断然はやい。
まず効くのがSNS。フォローを外すのがどうしても辛いなら、ミュートでかまわない。相手の投稿が流れてこなくなるだけで、心を勝手にえぐられる回数がガクッと減る。ストーリーを覗いては一喜一憂する、あの消耗する時間がまるっと消えるから。
イベントで再会したある男性が、こんな話をしてくれた。相手のインスタを見るのがどうしてもやめられなくて、指が勝手にアイコンを開いてしまう。だからアプリごと一週間消してみた、と。最初の三日はソワソワして、手持ち無沙汰で落ち着かなかったらしい。それが一週間経つ頃には、開こうとしたことすら忘れていたんだって。あの日の彼、憑き物が落ちたみたいにスッキリした顔をしてたなあ。
LINEも理屈は同じ。トーク履歴を遡って何度も読み返すクセがあるなら、そのトークルームごと非表示にしてしまえばいい。消すのが怖ければ、目に触れない場所へ移すだけでも効く。過去のやり取りを繰り返し読み返す行為は、治りかけのかさぶたを毎朝はがしにいくのと変わらないから。
接触の頻度も、自分から詰めにいかない。相手の生活圏をさりげなくチェックする、共通の予定に無理やり体をねじ込む。そういう小さな行動の積み重ねが、実は自分の回復を誰よりも遅らせている張本人だったりするんだよね。
諦めるのも、進むのも、どっちも正解でいい
「諦めたほうがいいですか」って聞かれること、本当に多い。でもね、この問いに他人が出す答えなんて、正直そこまで意味がないと思ってる。
相手に恋人ができた。何度誘っても、のらりくらりと予定が合わない。連絡がいつも一方通行で、こちらばかりが動いている。こういうサインが揃ってきているなら、そろそろ手放す頃合いなのかもしれない。
反対にね、まだ関係が始まってすらいないのに、勝手に諦めモードへ入り込んでる人もいる。一度も気持ちを伝えていないなら、その疲れの正体はフラれた痛みじゃない。動けずにいる自分への苛立ちのほうだったりする。だとしたら要るのは、忘れる練習なんかじゃなくて、一回ちゃんとぶつかってみる勇気のほう。
立ち直りには、思ったより時間がかかる。それでいい
手放すと腹をくくっても、次の日にケロッと元気になれるわけじゃない。ここで焦っちゃう人が、これまた多いんだ。もう一週間も経つのに、まだ引きずってる自分はおかしいのかな、って。
おかしくなんてないよ。深く好きだった相手ほど、心から抜けきるのに時間がかかる。数週間でふっと軽くなる人もいれば、季節がひとつ巡るまでかかる人もいる。この差に、優劣なんて一切ない。
戻ってくる合図は、案外わかりやすい。相手を思い出す回数が、いつの間にか減っている。ふとした瞬間、まるで関係ない別のことで声を上げて笑っている自分に気づく。休みの日の予定を、相手を軸にせず自分のために組めるようになる。ある朝ふわっと、空が高いなあ、なんて思える日が来る。それが、あなたが戻ってきたサイン。
自分を取り戻す時間を、たっぷり自分にあげて
恋で消耗している時って、いつの間にか世界の中心に相手が居座って、自分のことがすっぽり抜け落ちてる。回復の過程は、その中心にもう一度、自分を座らせ直す作業なんだよね。
昔ハマってたのに、恋にかまけて放り出していた趣味。しばらく会えていなかった友達。後回しにしてきた小さな目標。相手のために空けていた時間を、まるごと自分のために使ってみる。最初はぎこちなくて当たり前。それでも一つずつ手を伸ばしていくうちに、恋以外の場所にも自分の居場所があったことを、体が思い出してくる。
イベントに何度か通ってくれていた女性が、半年ぶりにひょっこり顔を出した時のこと。前は伏し目がちで、声もか細かったのに、その日は背筋がすっと伸びて、よく笑っていた。もうあの人のこと、どうでもよくなっちゃった、って、こっちが拍子抜けするくらい軽い声で言うんだよ。無理に忘れようとするのをきっぱりやめて、ただ好きなことに時間を注いでいたら、いつの間にかそうなってた、だってさ。

コメント